「先生、文庫本って何ですか?」
『顰蹙文学カフェ』という、高橋源一郎氏と山田詠美氏をホストとした対談集が最近出たので読んでみたところ、内容としては以前読んだことのある文芸誌での対談だったのだけれども(とはいえ、瀬戸内寂聴氏の回は未読だったし一番面白かった)、何より一番印象的だったのは、冒頭で高橋源一郎氏が書いていること。
なにかの雑誌をめくっていた時だったようなような気がします。そこには、日本を代表する知性が集結している(ことになっている)東京大学の文学部の大学院(!)の授業で起こった、ある事件が書かれていたのであります。
その先生が、講義をしている時、ひとりの院生が、突然、こう言ったそうです。
「先生、ドストエフスキーって誰なんですか?」
その先生は、こう書いています。
「マンガの3コマ分ほどの長い沈黙とそれに劣らぬほどの深い溜め息の後、私はついにその日が本当にやってきたことを理解した」 (pp.6-7)
うーむ………(3文字分)、という感じなのだが、さらにある。今度は高橋氏が教えている大学での話。
「最近、読んだ本は?」と、わたしは訊ねました。すると、何人かの子が、流行りの「ケータイ小説」のタイトルをあげました。やっぱりねぇ。そう呟きながら、わたしは、次の子に同じ質問をしました。
「××××」と彼女はタイトルをあげました。
「それどんな本?」
「よく、覚えてません」
「どんな内容?」
「なんか、恋愛みたいな、そんな感じ?」
「ケータイ小説?」
「違うかも」
「それ、文庫本だった?」
その時でした。「マンガ3コマ分ほどの長い沈黙」があったような気がします。その女の子は、不思議そうな顔をして、しばらくわたしを見つめた後、こう言ったのです。
「先生、文庫本って何ですか?」 (pp.8-9)
………さすがにちょっとやられました(笑)。
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コメント
うん、その通りなんですけど、それ以前に、話をする前提をどこに置くかというのに困るのかもしれません。別に高等教育に「計る」という発想はそれほど(というかほとんど)いらないと思いますし(少なくとも個人的には)。
投稿: あき | 2008年7月 4日 (金) 00時51分
古き良きアカデミズムは過去のものになりつつありますね。
学力低下が叫ばれているけど、インターネットで何でも調べられる今、学力を計る基準は変わりつつあるのでは?と思います。
投稿: waki | 2008年7月 3日 (木) 15時26分